『神は詳細に宿る』自然と社会をモニタリングする(感想)


最近出版された、養老孟司氏の『神は詳細に宿る』の第1章の感想です。


日本の「経済」が見詰まったと養老氏は強く発言していましたが、確かにそうだとボクも思います。バブル経済時代と比較すると、明らかに飽和状態です。

その理由はいろいろありますが、その一つとして都市化のシステムが完全に構築されてしまっていることが挙げられます。

東京が一番典型的です。数分に電車が来る。高層ビルやコンビニなどが沢山ある。あれだけ環境が整ってしまったら、そこに依存してしまうのも無理はありません。

 

そこで、自然と社会の「モニタリング」が必要なのです。

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「モニタリング」というと、最近ではドライブレコーダーを装着している方は増えてきました。ボクの父親もつけ始めていました。値段も数万円程で安いからお買い得でお手軽です。

タクシーのドライブレコーダーの義務付けによって、ひどい客がいることや、犯罪が起きていることがよく分かるようになりました。

「自然」に対してもしっかりモニタリングしてほしい、と養老氏は言っていましたが、モニタリングによって不利になる側もいるからあまりやりたくないのだとボクは思います。

 

例えば、「ソーラーパネル」ですが、環境にやさしいし、電気代も浮くから付けた方がいいというイメージでしたが、とある地域では既にトラブルになっています。

取り付けによる規制が特になかったからです。そのせいで、大草原や空地、屋根にバンバン付けてしまい、虫や鳥たちが苦しくなった。山や田んぼが壊されて、住民も不満になった訳です。明らかに自然破壊です。

 

こういった、問題が起こってしまったら、結構面倒くさいことになる。だから、規制を行う訳ですが、原発問題が起こってしまったわけですから、太陽光や風力発電に頼らざるを得なかったのでしょう。

それでも、ソーラーパネルや風力発電機をどこまで付けたらいいのか。本当に取り付けて問題なのかということを把握しなくてはならない。

だから地域ごとに「モニタリング」をしなくてならないのです。

安易に「ソーラーパネル」を付けてはいけないということです。その地域に合っている合ってないというのは必ずある。そのジャッジをするために、そういう調査員がいて当然だとボクは思います。

 

こういった調査は数か月で決めるものではありません。何十年もかけて調査し、周りの住民に説得する必要がある。大変ですけど、努力、辛抱、根性が重要なのです。

次回へ続きます。

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