努力が全くできないのはなぜだろう


今回は「努力は生まれつき決まっているのか。もともと努力が全くできないので心配です。」という質問について考えていきます。

僕がお気に入りである、養老孟司氏(著者)の『バカなおとなにならない脳』(よりみちパン!セ)本では、

「周りに言われてできないと思いこんでいるだけだ。」と自分の経験(著者)を含めて述べています。

「努力」の意味は、「ある目的のために力を尽くして励むこと。」と国語辞典に載っています。

 

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だから、その質問者が「努力が全くできない性質」であれば、今の悩みそのものは、努力できるようにしたいという目的に向かって、力を尽くして投稿をしているのではないか。そういうふうに捉えてもいいと思います。

まあ、不安になったり心配になるというのは無理もないのかもしれません。

 

養老氏も述べていますが「世の中に合わせていく努力」というのは本当に大変です。僕自身大人になった今でも悩んでいます。

社会人になって働いてみると、よくわかります。自分以外の人間がいっぱいいてそれに合わせていくのですから。

 

その上、「世の中」は自分が生まれる前に既に存在しているのです。

だから、国語辞典で「世の中」を調べて意味を理解しても、大人が分かりやすく説明しても、実際どうなのかといったことまでは分からない。

僕自身、この本を読んだのは中学生の時です。当時この本を読んで、理屈で理解はできても、どこかピンとこなかった。

 

何故かというのは、大人になってようやく分かりました。それまでの過程を知らないからです。

 

用は結果だけを理解して、「僕はなんでも知っているんだ。」といかにも過程も知っているように思い込んでしまう。

実はそういった思い込みというのは、子どもでよくあるのではと思います。

 

だから、「大人の言っていることなんて気にする必要はない」と言っているわけです。ある特定の人の話を信じ込むのは、カルト宗教のような信教者をイメージしてしまう。

そうやって、自分の中にある「不安」を取り除こうとするんですね。

それが良いか悪いかは別にして、「努力ができない」という決めつけは、他の人がこうだよと言っても分からないものです。

 

でも、いつかは「気づく」と思います。それに気づいている人は「考える」「入出力のループ」が沢山できているのではないでしょうか。

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