私なんて、いなくなればいいのに…


「人の幸せや気持ちを受け止められる人になりたい」

飲み会の時、僕の知り合いでさりげなくそんなことを言ってきました。

自分のことより人のこと(僕の知人の場合、かみさんのこと)の幸せを大事にする。

アニメや漫画の世界ではよくあることですが、現実で聞くとなんだかキュンとしますね。

僕もそうでしたが、若いときって自分を対象に物事を考えさせられてしまいます。

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なんで、数学なんて勉強するんだろう。連立方程式なんて仕事で使うのだろうか。そんな無駄なことをしてるぐらいなら、自分の好きなことしてる方がマシだと。

でも、それだけじゃあ世間で生きていくことは難しいというのを、大学生あたりから気づきました。

 

「物事は原理原則で成り立っている」

僕の大学の研究室であった教授がそう言っていましたが、まさにその通りです。だからこそ、勉強はしなくてはならないと。

 

好きなことばかり続ける。最初はそれで満足しますが、一生好きなことばかり続けるとどこか退屈で満足しなくなる時があります。(僕も夏休みにそんなことがありました。)

勉強や部活でどこか楽しんでいる自分もいたことに気づいたからです。どうして、好きなことだけをやっているのに満足できなかったのか。

 

それは、周りに応援してくれる人がいる。支えてくれる家族や友人がいるからです。

よく、私にはそんな支えてくれたり応援してくれる人なんていない。私なんていなくなればいいのに。と思う子がいます。

そんな子に僕は一言言います。「じゃあ、あんたはそれ以上に人のことを一生懸命応援したり支えたりしたことがあるのか」と。

 

3.11の地震の当時、「絆」という言葉がよくでてきました。日本だけでなく海外の人たちも支援金や補助で支えてくれたのです。

どうしても自分の存在に問題があるなら、人のために何かを残していけよ。

 

と思います。それが墓石や礎として表れているのかもしれませんね。(実際はもっと違いますが)

勉強や仕事ができない、部活がうまくならない。好きな人にカレカノがいた。

 

でも、仲間や知り合いが志望校に合格したり、部活の大会で優勝したり、好きな人が幸せになってくれればそれでいいと僕は思います。

自分の存在があったからこそ、その人が輝き、幸せになった。その恩恵というのは将来必ずどこかでやってくるものです。

 

どんなお前でも、オレが受け止める。応援する。「自分の命は自分で守る」「個を大事にしろ」とよく言いますが、それがすべてではないということを改めて良くわかりました。

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