「大人の現実」と「子どもの現実」の違い


「大人の話ってつまらない」と思うことって子どもによくあることですが、事実、子どもの現実と大人の現実というのはかなり違っているのではないでしょうか。

例えば学校の朝礼の校長先生の話。まともに聞いている生徒はあまりいないと思います。

よりよい学校生活を送るために、重要なアドバイスを校長先生は伝えているのに関わらず、校長先生自身はそれが現実的だと感じていてどうしても長話になってしまうから、「生徒との現実」と乖離してしまう。

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僕的にですが、こうなってしまうポイントとしてまず、伝える「情報量」が多すぎるのではないかと思います。

 

基本的に大人(成人)の方が子ども(小学生)より知識はあるし、体力はある。これは誰でも分かると思います。

 

なので、大人が今まで経験してきた知識をそのまま、短い時間(朝礼並の)で生徒に理解してもらう、分かってもらうこと自体そもそも変な話なのです。

明らかに「情報量」が多すぎるのです。

 

 

だから、「子どもの現実」というのを大人たちは理解する必要があるのです。昔は「子どもの現実」というのを抜きにして、スパルタ的な教育指導が当然でした。竹刀を持った先生も存在していた。

 

現在はというと、世間による周囲の目が厳しくなったため、絶対的な暴力というのは皆無に等しくなりました。

小学校のサポート教員をやっていた自分ですが、当時(今でも)は、「〇〇さん」と「さん付け」をしなくてはならなかったため、昔とは違うんだなと驚いたことを覚えています。

 

どちらにしても、「子どもの現実」というのを抜きにしている。大人たちで片付けようとしている。それは違うのではと思いました。

 

電車で騒いでいる子どもがいる。実際注意するのが当然ですが、周囲の目を気にしたり、「子どもたちのため」という考えで注意しない。

それは「子どもの現実」を理解した考え方ではなく、ただの過保護かヘタレです。

 

では「子どもの現実」とは何なのか。僕の尊敬する人物である養老孟司さんは「自然」であると本に載っていました。

なので、大人はまず「自然」を大事にすることを心がける必要があるのです。

 

現在は都市化社会であり、田んぼや畑、いわゆる農家が少なくなってきているため、「自然」に対する考え方が変わってきている。

 

大人たちが考えた「エコロジー」を子どもたちに現実として理解させているということです。レジ袋をマイバックにする。なるべくバスや電車を使う。

実際それらだけで根本的に「自然を支える」かというとそういう意味ではない。

畑や田んぼを安易にショッピングモールやマンションにすること自体をよく考えていかなければならないのです。

 

そういうことばかりすると、子どもたちの自然場所が減少し、ストレスとなって先程のように自然に対する考え方が大人の現実っぽくなっていくのです。

 

「受動喫煙」について教室にこもって教えるより、まずは畑や田んぼに行って授業として農家の方と農業したり、野鳥観察でもしながらごみを拾うほうが優先順位が高いと僕は思います。

そうやって自然に対する現実的な考え方を変えていくことが大事かと思います。

 

話のテーマがかなり飛んでしまったので次回また解説します!!

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