「共有」という言葉。
僕が学生時代部活をしていた時、社会人として会社で働いている時にも、耳にタコができるほど注意されてきました。
という訳で久しぶりの対談式にしてみました。
僕:K君は「共有」についてどう捉えているかな?
K君:うーん、いきなり言われてもよく分からないなぁ…
僕:例えば、K君が○という手順でカレーをつくるとする。Nさんも○という手順で作っていたと思ったけど、実は△であった。
ここでの問題はK君がしっかりNさんに○というカレーの作り方を伝えていたかということ。
それができていないということは、共有ができていないということなんですね。
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K君:でも、最終的にカレーが完成しておいしければいいんじゃないですか?
僕:確かにそうだね。ただ、その△という考えで失敗してしまったら、どうするかということなんです。
この場合、まあ、K君の責任になるんだけど、学校や会社の場合、トップの人、いわゆる社長が謝るわけです。
トヨタのリコール問題、電通の過労死問題、謝罪会見で社長がでてきて「申し訳ございません」って謝るところ、よくテレビで見たことあるでしょう。
K君:僕の立場…
僕:そうなんです。中間層のK君が表に出ることが低いんです。
これ、もしK君の責任って分からなかったら、本当に謝る必要がないんですよ。黙っておけば、気づかれない。いつか忘れる。ってね。
政治家は多いんですよ。こういう人が。
K君:じゃあ、どうすればいいんですか?
僕だったらすぐ謝るけど…
僕:カレーの例でいけば、事前に先生が「カレーをつくる時は○という手順で作ってください。レシピも各人に渡しておきます」
というようにトップ層が初期段階で周りの中間層に、○という考えを共有すればよかったんです。
これ、いわゆる「トップダウン」と言われるやり方だけど、伝言ゲームみたいに、どこまで正確に伝えられるかが重要だよね。
他には
・途中で放棄しないこと
・この人に伝えたくない、面倒くさいと思わない。壁をなくす。
ってところかな。人間関係は特に時間と手間がかかることを覚悟したほうが良いね。
「しつこいぐらいがちょうどいい」って部活の先輩にいわれたのを思い出します。本当にそうだなって思うよ。
K君:「共有」するって結構大変なんですね。俺も仕事するようになったら特に注意していきたいです。
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