科学で人間のすべてが分かるのか…


本ブログは、『バカなおとなにならない脳』(よりみちパン!セ)を初めに、養老孟司氏の著書をいくつか自分の見解を交えて解説してきました。

行くつくとこまでいった(というか面倒な)ので、最後にしたいと思います。

最後は「人間のすべてのことはいつかわかりますか、科学的にはどうか」という質問です。

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養老氏は「何もかも分かるはずだという前提自体がまちがい」だと言っています。「科学」については結局、分かることは分かるし、分からないことは分からない。

科学に関して、20世紀の終わりに多くの科学者を対象として調査をまとめた『The End of Science』という本が出版されました。

ここでの科学者の殆どが、「科学はすべてを解明しない」と、答えたそうです。

アインシュタインの時代には、こんな考え方は殆どありませんでしたが、既に科学自体が行き詰まっていることを科学者も自覚していると、養老氏も『「自分」の壁』で述べています。

 

そのことから、産業革命以来の右肩上がりの成長は終わってきている。

だから、エネルギーの問題で、そういった長期的、継続的な調査を参議院で国政アドバイザーのようにすればいいと付け加えています。

 

僕的には、子どもや教育問題も付け加えて、調査してくれたほうがありがたいと思います。それをHP等でデータ公表すれば、参議院の価値も十分出てくるのではないでしょうか。

さて、科学というと数字や実験データで結果を出す。というイメージが強いと思いますが、実際僕が経験した中ではそうだと思っています。

 

でも、「すべて」ではない。数字や文字だけで科学を語れるのは、やはり無理がある。

科学でなくても、数字や過去のデータ、文字が羅列してあるマニュアルがあったとして、5星並みの料理ができる。ビードがきれいな溶接ができる、かというとそれはできないのが事実です。

だから、分からないことは分からないというのを昔の人は、よく理解していた。

それを前提に考え、行動し、手入れをしていく謙虚さは、今となっては希薄になっているんだと思います。

 

その理由は、都市化の原因もありますが、日本人が外国人に近づいているからだと僕は思います。むしろ、日本に興味があって茶修行している外国人の方が、「この人のご先祖は実は日本人なのでは」と疑ってしまうほどです。

 

会社の社員を優秀ではないからすぐクビにする。実はこれも欧米の考え方なのではないかと思います。少なくても日本は、そういった「できない人」の逃げ道をつくり、容認していました。軍隊でいうところの脱獄兵でしょうか。

 

でも、人間中心の意識社会となって、ドラえもんの裏山のような場所が遠ざかっている。ある意味それは、「できない人」を追い詰めているのかもしれません。

人間についてほんとうに知りたいなら、まずそういった隙間を埋めていくことのほうが大事なのではないでしょうか。

そう考えると、『鉄で海がよみがえる (文春文庫)』https://www.amazon.co.jp/dp/4167838249)で有名な畠山さんはすごいと思いますよね。

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